はじめに
この記事は Medley(メドレー) Advent Calendar 2025 16日目の記事です。
こんにちは。医療プラットフォーム本部 病院プロダクト統括部 開発戦略室の竹本です。re:Invent 2025 が閉幕し、今年も残すところあと僅かとなりました。
今回は Amazon Bedrock に関する記事を書いてみたいと思います。
Bedrockで国内限定のクロスリージョン推論が可能に!
少し前のAWSアップデートですが、 2025年9月29日に Amazon Bedrock で Claude Sonnet 4.5 が利用可能になると同時に、Claude Sonnet 4.5で日本国内に限定したクロスリージョン推論機能の提供が開始されました。この機能の特徴については、以下の Amazon Web Services ブログの記事に詳細が記載されています。
Amazon Web Services ブログ | Amazon Bedrock で日本国内に閉じた Anthropic Claude 4.5 の推論が可能に!日本国内クロスリージョン推論のご紹介
この機能を利用すると、生成 AI の推論リクエストを日本国内の東京・大阪リージョンのみに限定して分散ルーティングさせることができます。また記事の中で日本国内クロスリージョン推論を選択すべきケースのひとつとして医療業界の例が挙げられており、弊社もその例外ではありません。
しかし金融や医療の業界でも積極的にパブリッククラウドが活用されている近年において、なぜ国内にリクエストを閉じなければならないのかピンと来ない方もいらっしゃるかもしれません。
そこで医療系IT企業の視点から、このアップデートが持つ意義について徹底的に解説したいと思います。
本記事に関する免責事項
本記事の中で AWSをはじめ各社が公開しているサービスの情報や 各省が公開しているガイドラインの内容について言及していますが、それぞれ 2025年12月時点の情報をもとに執筆しております。いずれも内容が改訂される可能性がありますので、最新の情報につきましては各機関より正式に公開されている情報をもとにご判断いただくようお願いいたします。
きっかけ
まず、本記事を書くことになったきっかけからお伝えします。
私が所属する開発戦略室では当時、一部のシステムで Amazon Bedrock で Claude 3.5 Sonnet のモデル ( anthropic.claude-3-5-sonnet-20240620-v1:0 ) が利用されていました。
2025年12月時点では Claude 3.5 Sonnet は既に Anthropic社としてはEOSを迎えてしまったモデルであり (1) 、Amazon Bedrock ではレガシーモデルと呼ばれる扱いとして 2026年3月1日 までに別のモデルへ移行することが促されています。(2)
そこで、冒頭に記載した日本国内に閉じたクロスリージョン推論機能の利用が 果たして必須となるか否かをこの機会に明らかにすることにしました。
(1) 参考: Anthropic | Claude docs - モデルの廃止予定
(2) 参考: AWS | Amazon Bedrock - モデルのライフサイクル
クロスリージョン推論の基本情報
まずはクロスリージョン推論についておさらいをします。
クロスリージョン推論とは、リージョンごとの混雑状況に応じてAWSが基盤モデルを利用可能なリージョンのエンドポイントへ自動的に推論リクエストをルーティングしてくれる機能です。リージョン単位で基盤モデルを呼び出す従来の方式と比較すると、リクエスト数のクォータ (上限) が広がりスロットリングエラーの発生を回避しやすくなります。

Claude Sonnetでは、Claude 3.5 Sonnet以降のモデルはすべてクロスリージョン推論が実行される推論プロファイルのみ提供されています。
ところが、クロスリージョン推論はユーザーが利用するリージョンを選択することはできません。 利用する推論プロファイルごとに既定のいずれかのリージョンへ送信される仕様であり、冒頭のアップデートが発表されるまではいずれも日本国外にあるリージョンが含まれておりました。(3)
詳細は次章で解説しますが、医療情報システムでは日本国外にある情報機器を使えないことが原則です。 では果たして医療情報システムは海外の優れた最新AIを利用することが困難なのでしょうか。
(3) 参考情報:AWS | Amazon Bedrock - 推論プロファイルでサポートされているリージョンとモデル
3省2ガイドラインの存在
医療情報を取り扱うシステムにおいて、避けて通れないのがいわゆる 3省2ガイドラインです。3省2ガイドラインとは、厚生労働省・総務省・経済産業省が策定した、医療情報を安全に取り扱うための2つの指針の総称です。
病院等の医療機関だけでなく、弊社のように医療情報を扱うシステムを提供する事業者もまたこれらのガイドラインに記載された安全管理措置やセキュリティに対する対策を講じることが求められます。
そしてこのガイドラインに含まれる項目のひとつに、情報を格納する情報機器は日本国内法の適用が及ぶ場所に設置すること が求められています。

では、いかなる場合も日本国外のサービスを利用できないのでしょうか。
この疑問点を考える上で、ポイントが大きく分けると 2 点あります。
- 1. 送信された推論リクエストは、Amazon Bedrock内で情報機器に情報が格納・保存されるのか
- 2. もし Amazon Bedrock で情報が保存されないならば日本国外にリクエストして良いのか
1. Amazon Bedrock は “情報を格納“ するのか
結論として、Amazon Bedrock では入出力するデータが保存・記録されないことが公式ドキュメントに明記されており (4) 、クロスリージョン推論であってもこの方針は変わりません。
(4) 参考:AWS | Amazon Bedrock - データ保護
▼ 該当箇所を抜粋
プロンプトおよび AI のレスポンスを保存またはログに記録することはありません。
この点については、Amazon Bedrockを既に利用されている方によく知られていることかと思います。
2 . それなら国外サーバーを利用してもよいのか
では医療情報を取り扱うシステムにおいて、グローバルクロスリージョン推論のように日本国外のサーバーに対してリクエストを送信してもよいのでしょうか。
これについては、厚生労働省が公開している別の資料の中に手がかりがありました。

この資料によると、以下の条件に該当する場合には国内法の適用を受けていないサーバーを利用可能であると記載されています。
▼ 該当箇所を抜粋
医療情報が保存されないことが、契約等において担保されている場合は国内法の適用を受けていないサーバを利用可能
AWSドキュメント = 契約…?
ここでまた新たな疑問が生まれます。
AWSドキュメントに明記されていることはこれに該当するのでしょうか。
結論として、「契約等において担保されている」に相当するとまでは言えない でしょう。
なぜなら AWSドキュメントは、個別具体的な当事者間の合意内容をもとに作成した契約書とは性質が大きく異なるからです。AWSドキュメントはサービスアップデートの中で AWS社によって内容が一方的に変更されることもあり、サービスユーザーである我々はこれを受け入れる or 利用を停止する のいずれかしか選択肢がありません。
したがって、グローバルクロスリージョン推論の利用は明確に禁止されているとまでは言えないものの、医療情報システムのサービス提供者としては日本国内に限定したクロスリージョン推論を採用する方が無難であると考えられます。
今回の結論
以上のことから冒頭のサービスアップデートは、多くの推論リクエストを処理可能になる・ガイドラインを確実に準拠できる・最新のモデルを利用できると多くのメリットを含む内容でした。
入出力トークン数が大きい AIワークロードの場合、料金が 10% 上乗せになってしまう点は痛手になりますが、プロダクトの付加価値とコンプライアンス要件の両立を可能にする選択肢が生まれたことは大きな一歩となりました。
多くのイノベーションが安全性とトレードオフの関係になっている中で、国内の厳格な安全基準を守りつつ最高水準のベンチマークを誇る高性能モデルを安定したインフラで利用できるようになる。
そんな選択肢を提供してくれた事こそ、医療業界にもたらす一番の恩恵と言えるでしょう。
最後に
本記事では、医療業界における日本国内に閉じたクロスリージョン推論の有用性について解説させていただきました。
私が所属する医療プラットフォーム本部では、医師の偏在や医療従事者の人材不足が引き起こす長時間労働という課題に対し 生成 AI のテクノロジーを用いた業務効率化によって、医療従事者の負担を軽減する試みに取り組んでいます。
メドレー、病院向け電子カルテ「MALL」で医療文書作成をAIで支援する新機能のパイロット版を提供開始
このような取り組みの陰には、厳格なルールの中で技術選定を行うエンジニアの苦労と「医療ヘルスケアの未来をつくる」弊社ならではのやりがいがあることを、より多くの人に知ってもらえればと願っております。
本記事がどなたかの参考になれば幸いです。
次回予告
Medley(メドレー) Advent Calendar 2025 もいよいよ後半戦!
次回 17 日目の担当は QA エンジニアの @daishu さんです!🎉 明日も是非お楽しみに〜!!
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